ちゅちゅ闘病記(1)
→シリーズ闘病記 1 2 3

毎日付けていた飼育メモから要点をまとめたものです。
(斜線下はブログ休止中のこと)
かなり長文ですのでそれでもよければご覧下さい^^;
コメントは闘病記3にお願いします。
「※」…後日、詳細記事があるかも?な項目 ・2005年12月(生後3ヶ月)
はじめて脱毛が起こる。
それから最期までずっと闘病生活となったちゅちゅ。
・2006年
その後も色んな症状が出る。
どこの病院でも同じような異常を訴えたが、
「細菌は検出されないが細菌性皮膚炎、とりあえず抗生剤」だった。
・2007年初旬
相方が帰省し、ちゅちゅをうちで預かった。
このまま自分のコにしようかな?
しかし、許容範囲1匹の私には2匹にする責任が持てず、お預かりに留める。
案の定、お世話はされず病気に・・・
私の判断が間違っていた、だから私が幸せにしなければ。
そう決意し、ぴーたんと共に相方の家に引っ越した。
こちらには何度か下見に来たが、熱心に診てくれる病院もあった。
・夏頃
はじめての血尿を確認。
「細菌性膀胱炎」という診断だが、尿検査はされなかったため詳細は不明。
「エキゾに詳しい病院を探して下さい」と白旗があがる。
病院は絶対必要なので、また一から探そう。
・どうやら、食物アレルギーっぽい気がする(自己診断)
・今の病院と出会う。
アレルギーの説明も凄く詳しく、歴代病院と格段に違っていた。
「もっと早くうちに来てくれていたらなぁ」と、先生はそれ以上突っ込まなかった。どんな些細な変化でも、決して気のせいなんて言うことなく、
「飼い主さんが言うならそうだと思う」と、分かるまで説明してくれる。
院内でハムスタを飼っているというのも心強かった。
・8月中旬 →記事
脱毛の原因と飼育環境をもう一度見直す。
「原因はやはり食物ではないか」という結論。
投薬治療する段階ではないが、痒みが強く出ている。
免疫力UPのため、Dフラクション開始。
体重51g
・9/10 →記事
2歳の誕生日。体重48g
・9月中旬 →記事
歩行困難、足を開脚したまま歩く。
レントゲンやエコーにより、子宮内に貯蓄物を確認。
子宮水腫や蓄膿症の可能性が強い。手術の説明を受け、冷静に聞く私。
アレルギーの治療は一旦中止。
この日から定期通院が必要となる。
ケージを小さいケースに変更(※)
運動量を減らすため、回し車も外すことになる。
壁をずっとペロペロしている・・・我慢させてごめんね。
・9月下旬 →記事
「子宮の病気?はだいぶ前からあったものではないか」
「幸か不幸か、抗生剤を飲んでいたため、一時的に分散されたのではないか」
もし子宮の病気なら、手術以外で完治することはない。
まだ断定できないことから、投薬治療で様子を見ることにした。
歩行困難は抗生剤で少し改善された。
分泌物の採取は何度も試みるも失敗。
お腹も腫れていないことから本当に出ないのだ。
その後、最期まで出なくなり、検査不可能となる。
・10月初旬 →記事
体重が40gを切る。
先生からミルワームを勧められ、同時に育てはじめる(※)
これも次第に食べなくなる。
・10月中旬(歩行困難から1ヶ月) →記事
歩行困難はほぼ完治、回し車の許可が下りる(※)
「子宮蓄膿症の可能性が高い」
「アレルギーがひどくなるので、好きなものばかりあげないように」
体重38g 体重減少が一番心配だ。
↓以下、ブログ未アップ
うちはエアコンをほぼ1年中付けっぱなし。ヒーターだけでは絶対ダメ。
スタミノン等、栄養強化食については毎日与えている状態。
もう食欲増進効果もないが、ちゅちゅが好きだからあげることにした。
また、縁あってホメオパシーという同種療法と出会う→
以降、随所でたすけられることとなる。
月に何度も通院することになるので、
ちゅちゅの負担を減らすため、写真や動画を撮影して診察してもらう。
必要に応じてちゅちゅも通院。
次々と合併症を起こすちゅちゅ。
マイボームと下痢は最期まで何度も発病する。
「予断を許せない状況です」
この宣告を何度受けたことか・・・徐々に覚悟を決めることにした。
・10月下旬
ゆるいフンが巣材に付着。
「ヨーグルトや野菜を多めにあげていたので、その影響かも」
まだ下痢初期らしいが、整腸剤で治療。
ヨーグルトや水分の多い野菜は禁止。
体重35g
・11月初旬
一定期間、調整剤を飲ませるも健康なフンには戻らない。
引き続き、継続することに。
治療を中断しているアレルギーが次第に進行。

頭や背中にも脱毛が見られる。
症状が出やすいと言う目周辺は、パンダのように脱毛している。
それに伴い、手には自咬症が見られる。
「ハムスタに塗り薬はまず処方しない、特にちゅちゅにはタブー」
「腫れがこれ以上になったら通院すること」
分泌物はなく生殖器はキレイ。
食欲低下。体重35g
「せめて40gにならないと治療が再開できない」
「ちゅちゅの体格で理想は50g」
アレルギーが多少出ても、体重増加が最優先となる。
念のため好物性の高いペレットを買い漁る。
・11月中旬
「しばらくフンの状態が安定しているので、
Dフラクションでアレルギーの治療を再開しましょう」
これもフンがピーピーになり中断。この日からしばらく強い異臭を確認。
ふと疑問が沸く・・・
同じ病気のハムが亡くなって行くのに、何故ちゅちゅは生きているのだろう?
先生の言う通り、上手い具合に分散されたのだろうか。
歩行困難はあの状態に戻りつつあった。
「前ほどではないので飼育環境を変えないように」

上手く座れず足が垂れてしまう。
※投薬のついでにサッと身体検査をしているところ。
→闘病記(2) 最期に続く

毎日付けていた飼育メモから要点をまとめたものです。
(斜線下はブログ休止中のこと)
かなり長文ですのでそれでもよければご覧下さい^^;
コメントは闘病記3にお願いします。
「※」…後日、詳細記事があるかも?な項目 ・2005年12月(生後3ヶ月)
はじめて脱毛が起こる。
それから最期までずっと闘病生活となったちゅちゅ。
・2006年
その後も色んな症状が出る。
どこの病院でも同じような異常を訴えたが、
「細菌は検出されないが細菌性皮膚炎、とりあえず抗生剤」だった。
・2007年初旬
相方が帰省し、ちゅちゅをうちで預かった。
このまま自分のコにしようかな?
しかし、許容範囲1匹の私には2匹にする責任が持てず、お預かりに留める。
案の定、お世話はされず病気に・・・
私の判断が間違っていた、だから私が幸せにしなければ。
そう決意し、ぴーたんと共に相方の家に引っ越した。
こちらには何度か下見に来たが、熱心に診てくれる病院もあった。
・夏頃
はじめての血尿を確認。
「細菌性膀胱炎」という診断だが、尿検査はされなかったため詳細は不明。
「エキゾに詳しい病院を探して下さい」と白旗があがる。
病院は絶対必要なので、また一から探そう。
・どうやら、食物アレルギーっぽい気がする(自己診断)
・今の病院と出会う。
アレルギーの説明も凄く詳しく、歴代病院と格段に違っていた。
「もっと早くうちに来てくれていたらなぁ」と、先生はそれ以上突っ込まなかった。どんな些細な変化でも、決して気のせいなんて言うことなく、
「飼い主さんが言うならそうだと思う」と、分かるまで説明してくれる。
院内でハムスタを飼っているというのも心強かった。
・8月中旬 →記事
脱毛の原因と飼育環境をもう一度見直す。
「原因はやはり食物ではないか」という結論。
投薬治療する段階ではないが、痒みが強く出ている。
免疫力UPのため、Dフラクション開始。
体重51g
・9/10 →記事
2歳の誕生日。体重48g
・9月中旬 →記事
歩行困難、足を開脚したまま歩く。
レントゲンやエコーにより、子宮内に貯蓄物を確認。
子宮水腫や蓄膿症の可能性が強い。手術の説明を受け、冷静に聞く私。
アレルギーの治療は一旦中止。
この日から定期通院が必要となる。
ケージを小さいケースに変更(※)
運動量を減らすため、回し車も外すことになる。
壁をずっとペロペロしている・・・我慢させてごめんね。
・9月下旬 →記事
「子宮の病気?はだいぶ前からあったものではないか」
「幸か不幸か、抗生剤を飲んでいたため、一時的に分散されたのではないか」
もし子宮の病気なら、手術以外で完治することはない。
まだ断定できないことから、投薬治療で様子を見ることにした。
歩行困難は抗生剤で少し改善された。
分泌物の採取は何度も試みるも失敗。
お腹も腫れていないことから本当に出ないのだ。
その後、最期まで出なくなり、検査不可能となる。
・10月初旬 →記事
体重が40gを切る。
先生からミルワームを勧められ、同時に育てはじめる(※)
これも次第に食べなくなる。
・10月中旬(歩行困難から1ヶ月) →記事
歩行困難はほぼ完治、回し車の許可が下りる(※)
「子宮蓄膿症の可能性が高い」
「アレルギーがひどくなるので、好きなものばかりあげないように」
体重38g 体重減少が一番心配だ。
↓以下、ブログ未アップ
うちはエアコンをほぼ1年中付けっぱなし。ヒーターだけでは絶対ダメ。
スタミノン等、栄養強化食については毎日与えている状態。
もう食欲増進効果もないが、ちゅちゅが好きだからあげることにした。
また、縁あってホメオパシーという同種療法と出会う→
以降、随所でたすけられることとなる。
月に何度も通院することになるので、
ちゅちゅの負担を減らすため、写真や動画を撮影して診察してもらう。
必要に応じてちゅちゅも通院。
次々と合併症を起こすちゅちゅ。
マイボームと下痢は最期まで何度も発病する。
「予断を許せない状況です」
この宣告を何度受けたことか・・・徐々に覚悟を決めることにした。
・10月下旬
ゆるいフンが巣材に付着。
「ヨーグルトや野菜を多めにあげていたので、その影響かも」
まだ下痢初期らしいが、整腸剤で治療。
ヨーグルトや水分の多い野菜は禁止。
体重35g
・11月初旬
一定期間、調整剤を飲ませるも健康なフンには戻らない。
引き続き、継続することに。
治療を中断しているアレルギーが次第に進行。

頭や背中にも脱毛が見られる。
症状が出やすいと言う目周辺は、パンダのように脱毛している。
それに伴い、手には自咬症が見られる。
「ハムスタに塗り薬はまず処方しない、特にちゅちゅにはタブー」
「腫れがこれ以上になったら通院すること」
分泌物はなく生殖器はキレイ。
食欲低下。体重35g
「せめて40gにならないと治療が再開できない」
「ちゅちゅの体格で理想は50g」
アレルギーが多少出ても、体重増加が最優先となる。
念のため好物性の高いペレットを買い漁る。
・11月中旬
「しばらくフンの状態が安定しているので、
Dフラクションでアレルギーの治療を再開しましょう」
これもフンがピーピーになり中断。この日からしばらく強い異臭を確認。
ふと疑問が沸く・・・
同じ病気のハムが亡くなって行くのに、何故ちゅちゅは生きているのだろう?
先生の言う通り、上手い具合に分散されたのだろうか。
歩行困難はあの状態に戻りつつあった。
「前ほどではないので飼育環境を変えないように」

上手く座れず足が垂れてしまう。
※投薬のついでにサッと身体検査をしているところ。
→闘病記(2) 最期に続く










